森鷗外、最初で最後の「青春の旅」。

鴎外 わが青春のドイツ

 
金子幸代著/19世紀末、森鴎外が留学の地ドイツに赴き滞在したベルリン、ライプツィヒ、ドレスデン、ミュンヘンの4都市を、「舞姫」「文づかい」「うたかたの記」「独逸日記」などの作品を取り上げ、写真と解説で追体験する。
  
四六判上製カバー装・196頁/定価(本体2,400円+税)
ISBN978‒4‒903251‒17‒2
 


 
舞姫。小なる人物の小なる生涯の小なる旅路の一里塚なるべし。
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文づかひ。索遜国機動演習の記念なり。うたかたの記はMuenchen、舞姫はBerlin、これはDresdenを話説の地盤とす。わが留学間やや長く淹留せしは此三都会なりき。
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うたかたの記。篇中人物の口にせる美術談と共に、いと穉き作なり。多くこれに資料を供せし友人原田直次郎氏は、谷中墓地の苔の下に眠れり。
…………………『改訂水沫集』「序」より
 
 そのように個性豊かな四都市(ベルリン、ライプツィヒ、ドレスデン、ミュンヘン)で留学生活を送った若き鴎外は、まさしく人生の青春の旅を送っていたと言えるだろう。四都市は「青春」というドラマの舞台であると呼ぶことができる。四都市は、「青春」というドラマの四幕それぞれの舞台であり、鴎外は舞台に立つ若き俳優である。しかも、舞台である各都市の歴史や文化という舞台背景により、主役である鴎外の役柄は異なっていた。ミュンヘンではイタリア風の芸術の都という舞台背景により、鴎外には芸術家の風貌が認められ、ライプツィヒ、ドレスデンでは音楽、学術、王宮といった華麗な舞台背景により、鴎外には外交官や学者といった風貌があり、ドイツ帝国の大首都ベルリンでは官僚としての堅苦しい表情が強まる。
 そもそも鴎外のドイツ留学は、軍医である官吏として明治国家に命じられたものであり、医学研究が目標であったが、内面では学問芸術好きの若者として西洋の学問芸術を「処女のごとき官能」で味わい尽くしたいという意欲を秘めていた。その意味で、鴎外の知性と感性、すなわち頭脳と五感を全的に満足させるために、これらドイツの四都市を経めぐる「青春の旅」が予定されていたのである。「青春のドイツ」の旅は若き鴎外の夢の実現であり、発見と解放の旅であった。ドイツにおける鴎外の足跡をたどることで、誰もが鴎外の青春の豊穣さに驚くことであろう。(本書「まえがき」より一部抜粋)