私は物語の語り手である
 
オトフリート・プロイスラー著/森典子訳/ズザンネ プロイスラー・ビッチュ&レギーネ シュティクローアー 編/『小さい水の精』『小さい魔女』『大どろぼうホッツェンプロッツ』『クラバート』等で知られるドイツの代表的児童文学作家が、自らの生涯や創作活動とその背景・影響等について述懐する。
幼少期に祖母の物語や民話に影響を受け、戦争や捕虜収容所での過酷な経験が、彼の人生観や作品に大きな影響を及ぼす。戦後の著作活動において、物語の「作家」ではなく、「語り手である」ことを強調し、語り相手の子供たちとの交流や教育活動にも力を注ぐ。ファンタジーを通じて、希望や夢、想像力、人間性を育むことの大切さを説く。そのため「子供たちのファンタジーのための遊びの場」が充分でなくてはならず、物語の語り手として提供するものも「ファンタジーのための遊びの場」であることを力説する。
四六判上製カバー装・256頁/定価3,080円(本体2,800円+税)
ISBN978‒4‒903251‒24‒0
 


 
【本書の内容】
本書成立の由来、編者まえがき
第一章「素晴らしく晴れやかな日々」―ライヘンベルクの幼年時代
第二章「人間は、物語を必要としている」―戦争、捕虜、再出発
第三章「物語の語り手として学校へ行った」―二つの職業、教師と作家
第四章「思考の遊びへのきっかけ」―子供たちは物語を必要としている
第五章「物語のためのパン焼き人、なかなか良い呼び名です」―仕事場瞥見
第六章「私は、生涯において多くの幸せに恵まれました」
    ―プロイスラーの作中人物が遍歴の旅に出る
第七章 終わりに若干の言葉を
訳者のあとがき
 
 
本訳書はオトフリート・プロイスラー著『私は物語の語り手である』の全訳です。(Otfried Preußer-: Ich bin ein Geschichtenerzähler. Hrsg.von Susanne Preußler-Bitsch und Regine Stigloher, Thienemann Verlag 2010)
本書『私は物語の語り手である』は、次のような書き出しで始まります。「父、オトフリート・プロイスラーの85歳の誕生日にお寄せいただいた多大なるご厚意と、大人の読者である皆さま方からいただいた様々のご質問がきっかけとなって、私たち姉妹は、本書を出すことを思いつきました。父の自伝的テキスト、エッセイ、また、父が、非常に多くの機会に行った講演のために書いた原稿から選択したものを出版することによって、じきに60年におよぶ父の文学活動の様々な面を、関心をお寄せいただくすべての皆さまに知っていただければと思います。」(「本書成立の由来、編者まえがき」より)ご覧の通りこの書は、プロイスラーの娘さんたちに編纂された、いわば彼の自叙伝であるといえましょう。
プロイスラーは、1923年に現チェコ共和国のリベレツという名の町で生まれました。当地で恵まれた幼年時代を送ったプロイスラーは、高等学校卒業試験を済ませた直後、東部戦線に送られます。その後ソ連軍の捕虜となったプロイスラーは、敗戦の日をタタール共和国のエラブガの収容所で迎えますが、戦後も過酷な収容所生活は4年間も続きました。ドイツが無条件降伏をした1945年以降ズデーテン・ドイツ人が強制移動させられました、故郷を追われ、解放されたプロイスラーを待っていたのは「故郷喪失」という現実でした。ボヘミアの故郷には帰ることができませんでした。以後彼はローゼンハイムに移り住み、小学校の教師をしながら、児童文学作品を書き、物語の語り手プロイスラーの誕生となります。代表作とされているものの多くは、1950年代後半から70年代初頭までの、ほぼ15年間に亘って書かれています。『小さい水の精』、『小さい魔女』、『小さいお化け』、そして『大どろぼうホッツェンプロッツ』の三部作、実に10年の歳月をかけた大作『クラバート』に至るまで、日本でもその著作の多くが翻訳され、愛読者も多いと思います。
彼自らの体験を通じて本書で、戦争の悲惨さ、残酷さも強調されていますが、またそうした中でも決して失われることのない人間の尊厳も印象深く語られています。そして彼がとりわけ強調してやまないのは、失われた幼年時代の復権、幼年時代におけるファンタジーの育成の大切さです。プロイスラーの述懐の自伝的内容の集約ともいえる本書は、その意味で、あまりに即物的となった時代に対する警告に充ちているともいえましょう。
(「訳者のあとがき」より)